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郡山市の家庭教師【東京大学卒】

社会における教育

社会における教育の必要性

ヒトが生存するためには、群れに属することが必要です。また、群れが存続するためには、その成員としてヒトが生存することが必要です。

群れは、その成員が無秩序に行動すると、消滅します。したがって、ヒトが生存するためには、群れにおいて次の2つが必要です。

ルールは、ヒトが先天的に持っているものではなく、後天的に身に付けるものです。したがって、ヒトが生きるためには、群れの中に、ルールを内容とする教育を行うシステムが必要になります。

教育における権威の必要性

社会において教育を担当する者は、次の2つを求められます。

教育において、生徒は、教育内容がルールに一致しているか自ら判断することができません。また、教育は、間違って行われた場合、取り返しがつきません。例えば、間違った教育が1週間行われた場合は、その1週間を後から取り戻すことができません。

したがって、教育を担当する者は、内容と方法が正しいという信用(権威)を持つことが必要となります。

学校

学校の役割

学校の必要性

社会には、一元的に管理される学習施設が必要です。その理由は、次の3つです。

第一に、1人1人の生徒ために学習施設を用意することは、効率的ではありません。生徒が学習施設を利用するのは、1日のうち限られた時間だけです。したがって、学習施設のうち生徒の間で共用できるものは、できるだけ共用すべきです。

第二に、社会において、学習施設の管理を効率化するためには、管理を一元化することが必要です。学習施設が領土の中であちこちに散らばっていると、質の維持といった管理が難しくなります。

第三に、社会において、教師の数は、できるだけ抑制すべきです。教育を担当することは、社会の中で、他の仕事ができなくなることを意味します。教師が多すぎることは、人材を効率的に利用するという見地から、望ましくありません。したがって、教師は、できるだけ教育に専念するために、移動等の負担を抑えるべきです。

ここでは、学校を社会の中で一元的に管理される学習施設とします。

託児所としての学校

学校は、託児所としても機能します。

子どもを保護し監督するためには、成人をその役割にてることが必要になります。しかし、その役割を担当することは、社会の中で、他の仕事ができなくなることを意味します。

学校は、子どもを教育すると同時に、保護し監督することもできます。このような同時並行は、人材を効率的に利用するという見地からは、保護と監督だけを行うよりも優れています。

学校の領域

学校としての一元的管理は、学習施設のうち、どこまで及ぶのでしょうか。つまり、物的な施設(例:実験室や体育館)に限られるのでしょうか。それとも、教師にまで及ぶのでしょうか。

教師が自ら権威を持っている場合、学校が教師を監督することは、必要ありません。つまり、教師は、学校の監督を受けなくとも、教育を行うことができます。したがって、この場合には、学校の管理対象は、物的な施設に限られます。

他方、自ら権威を持たない教師は、他者から監督されることによって、間接的に権威を持つことになります。学校は、その他者として機能します。したがって、学校の管理対象は、教師にまで及ぶことになります。

学校教育の一般性

教師でなく学校が教育を行うとされる場合、教育は、生徒の個別的な問題に、リアルタイムに柔軟に対応することが難しくなります。

自ら権威を持たない教師は、学校の監督から外れた教育を行うことができません。

他方、学校は、教師の教育をリアルタイムで細かく監督し続けることができません。そのため、監督者は、教師に対し、次のような一般的なルール課すことになります。

  • Xの場合にはAをしなさい。

したがって、その教師は、生徒の学習上の問題に、リアルタイムに柔軟に対応することができません。このことは、学校が個別指導を行う場合においても当てはまります。