郡山市の家庭教師【津野】

学校教育のズレ

作成者:津野航平

最終更新日:

保護者の認識

保護者様は、家庭教師である私に次のようにおっしゃいます。

「うちの子は、学校の授業に付いていけるでしょうか。」

このことは、不思議です。学校の教育に関する保護者様の心配などは、本来、学校が解消すべきです。しかし、その心配は、家庭教師や塾が解消すると期待されているようです。

これは、どのような認識に基づくのでしょうか。

学校に関する認識

「うちの子は、学校の授業に付いていけるでしょうか。」という言葉は、2つの認識から来ています。

  • 「学校の授業は、うちの子を置き去りにするかもしれない。」という心配
  • 「うちの子には、学校の授業に付いていって欲しい。」という希望

心配

教育機関に対しては、「うちの子を置き去りにするかもしれない。」と心配なさるでしょうか。逆に、「うちの子に合わせて良く教えてくれるだろう。」と期待なさるはずです。

教育とは、他者の学習上の課題を解決することです。「置き去りにする」ことは、教育に該当しません。したがって、郡山市の学校は、教育機関として認識されていません。

希望

他方で、「うちの子には、学校の授業に付いていって欲しい。」という希望をお持ちです。学校の授業に付いていけるということは、学力が基準に達していることを意味します。この希望は、「うちの子には、学力が基準に達して欲しい。」という意味です。

郡山市の学校は、学力を評価する機関として認識されています。

家庭教師と塾に関する認識

対照的なのは、郡山市の家庭教師や塾の扱いです。

家庭教師や塾は、「うちの子」に合った教育を期待されます。「うちの子」を置き去りにする家庭教師や塾は、解任されます。

他方、家庭教師や塾の教育の質は、学校の成績で評価されます。

まとめ

保護者様の認識をまとめます。

  • 学校は、学力を評価する機関である。
  • 家庭教師や塾は、教育そのものを行う機関である。

したがって、郡山市の保護者様の認識において、学力評価機関と教育機関は、分かれています。

家庭教師や塾のズレ

郡山市の学校が求めることは、一定の学力です。その学力は、学校の授業などに応じることができる基礎的な能力でしょう。1つ1つの単元に関する知識は、学校の授業などに対応することで身に付きます。

これに対し、郡山市の家庭教師や塾は、何を教えてきたのでしょうか。基礎的な能力ではありません。個別の科目や個別の単元に終始してきました。

結局、郡山市の家庭教師や塾は、郡山市の学校の要求に応じていません。

学校教育のズレ

現状では、学校の生徒は、基礎的な能力を高める方法を知らないままに、それを学校から求められています。

その要求に応じることができる生徒は、元から基礎的な能力が高い一部の人だけです。